その後の愛すべき不思議な家族2

   14

 泊まりとはいっても、県外へ行くわけじゃない。それでも車で片道1時間以上はかかるのだから、遠出には違いなかった。晴天に恵まれたのもあって、車中から葉月はおおはしゃぎだった。春道が予約した温泉旅館へ行き、荷物を部屋へ置くと、女性陣はすぐに水着へ着替えた。
 本来のチェックイン時間は午後2時からなのだが、事前に問い合わせた際、正午でも大丈夫だと許可を貰えた。なので正午を過ぎたばかりでも、こうして部屋まで案内してもらえたのだ。昼食はファーストフードのドライブスルーで済ませたのもあって、目的地へ着くなり、葉月が「海に入りたい」と目を輝かせた。苦笑しながらも和葉が頷いたので、荷物を部屋へ置くついでに水着へ着替えてしまおうという話になった。
 母娘がトイレへ行ってる間に部屋でひとり着替えた春道は、その後、旅館のロビーで待たされた。なので、まだ2人の水着姿は見ていない。旅館から海までは少し距離があって、車で移動しなければならない。その点を考慮して水着の上にTシャツとショートパンツをはいていたのだ。それでも普段の服装よりは露出度が高い。おかげで春道はロビーへやってきた妻を見て、ずいぶんと顔を赤くしてしまった。
 車で海まで移動する。学生たちが夏休みなのに加え、昼過ぎという時間帯もあって、結構な混雑ぶりだった。待ちきれないと言わんばかりに車から降りた愛娘が暴走しないよう注意しつつ、春道と和葉はそれぞれ両手に荷物を持つ。車のドアをしっかり閉めて、盗まれないように鍵をかける。比較的、人の少ない場所を選んで移動する。ビーチサンダルをはいてはいるが、砂浜の熱さがお構いなしに足の裏に伝達される。照りつける日差しもずいぶん強い。どうやら今日は、夏らしい1日になりそうだ。
 年齢を順調に重ねている春道には堪えるが、元気満点の葉月には大歓迎の天気だろう。和葉と一緒にブルーシートをしきながら、キャッキャッと海へ来られた喜びを全身で表現中だ。母親の作業を手伝いつつも、ちらちらと海を見たりする。わかりやすすぎるくらい、すぐにでも海へダイブしたいという意思が伝わってくる。
「ここはもういいよ。あとは俺がやっておくから、和葉は葉月を連れて、海へ行ってくるといい」
「ですが……」
「気にするなって。葉月が待ちきれないって顔をしてるぞ」
 春道が指摘したとおり、葉月は常にそわそわしまくりだ。下手をすると、服を着たままで突撃しかねない。
「そうみたいですね。では、お言葉に甘えさせてもらいます。ほら、葉月。まずは水着になりなさい」
「うんっ」
 母親の言葉に元気よく返事をした葉月は、あっという間に来ていたTシャツとショートパンツをその場で脱いだ。中に来ていたのは、可愛らしいワンピースタイプの水着だった。色はピンクだが、蛍光色のような派手めな感じではなく、どちらかといえば白に近いような淡い色合いだった。春道が「似合ってるじゃないか」と声をかけると、愛娘はこちらを向いて、にぱっと笑った。
「葉月、ひとりで海へ言っては駄目よ」
 娘に注意をしながら、和葉もTシャツとショートパンツを脱いで水着になる。妻の水着姿を見た瞬間に、春道は言葉を失った。葉月が着てるのと似た感じのだろうと勝手な想像を働かせていただけに、驚きが倍増した。若い女性にはあまり珍しくないのだろうが、まさか和葉がビキニを着るとは思ってもいなかった。
「どうかしましたか。目が点になってますよ。まさか、オバサンのビキニ姿に見惚れてはいないですよね?」
 からかうように和葉が微笑む。どうやら春道にオバサン呼ばわりされた対抗心から、この水着を選んだみたいだった。根に持たれるのは勘弁願いたいが、こうした恩恵を得られるのなら、たまには暴言もいいのかもしれない。そんなことを考えてしまったのは、妻には秘密だ。

 ビキニタイプとはいえ、過激なデザインではなく、生地面積も十分にある。それでも豊かな乳房の胸元や、引き締まったウエストがしっかり確認できる。夫婦であっても、頻繁には見る機会のないおへそにすらドキドキする。気がつけば、春道はビキニ姿の妻から目が離せなくなった。
「そ、そんなに、じろじろ見ないでください……」
 最初は見せつけるような態度をとっていたにもかかわらず、あまりに凝視されるので恥ずかしくなってきたのだろう。頬を葉月の水着の色よりもピンクに染めて、隠すように上半身で両腕を交差させる。春道も慌てて「ごめん」と謝って、妻から顔を逸らした。
「あ、あまりに綺麗だったから、つい……」
 動揺しすぎていたせいなのかは不明だが、無意識に素直な感想まで白状してしまう。それを聞いていた葉月が「ママ、綺麗だってー」と嬉しそうにする。
「も、もう、春道さんたら……」
「オバサンと言ったのは本当に悪かったよ。和葉はまだまだ若くて綺麗だ」
「どっ、どうして、そんなにストレートなんですかっ」和葉の顔色が、ピンクを通り越して真っ赤になる。
「だって、ストレートな言葉じゃないと伝わらないだろ」
「そ、それはそうですが……と、とりあえず、葉月と先に海へ行ってますね」
 逃げるように和葉は、愛娘の手を引いて海へと向かっていく。2人の後姿を見送ってると、周囲の男たちが和葉に視線を送ってるのに気づく。魅力的な女性が大勢いるビーチの中でも、ひと際多くの注目を集める。当人はあまり気にしてないみたいだが、夫の春道は誇らしいような不安なような気持ちになる。誰かに声をかけられたからといって、ついていくような女性でないのはわかってる。それでも悶々とした気持ちになっているのだから、意外と春道はやきもち焼きで心配性なのかもしれない。
 ひとりで荷物番をする春道の前方では、母娘が楽しそうに遊んでいる。買ったばかりの浮き輪に入り、波に揺られている葉月は特に楽しそうだ。隣で見守る和葉もいつになくリラックスをした表情になっていて、海を満喫してるのがわかる。
 なんとも微笑ましい光景に、自然と頬が緩む。そのうちに海から葉月が春道に手を振ってくる。恐らくは一緒に遊びたいのだろう。大事な貴重品は旅館に預けてある。免許証などは鍵をかけた車の中に保管中で、砂浜まで持ってきたのはブルーシートや、凍らせた飲み物が入っている保冷バッグなどだ。所持金も小銭入れに入る程度しかないので、盗まれても諦めはつく。葉月たちのTシャツやショートパンツは、取られないように荷物の下に隠せば大丈夫だろう。
 本当ならこのまま荷物番をして1日を終えてもよかったが、そうするとほぼ確実に妻の和葉は気を遣って自分が荷物番をすると言い出すはずだ。葉月が3人で遊びたがってるのはわかってるので、荷物番を交代すると言われる前に、海へ行く必要があった。
 春道も着ていたTシャツを脱いで、上半身だけ裸になる。下はすでに、膝下あたりまでの長い海水パンツ姿だ。30歳近くになって、たるんできたお腹をさすりながら砂浜を歩く。夏の太陽にお似合いの眩しい水着姿を披露していた妻とは違い、春道がビーチを歩いたところで誰も注目はしてくれない。もっとも、他人にじろじろ見られたい願望などないので、何も問題はなかった。
 海へ足を踏み入れると、外はあれだけ暑いのに、少しだけ寒く感じられる。けれどすぐに丁度よくなり、足から順に身体を海水へ浸らせる。
「あ、パパが来たよー」
 近づいてくる春道の姿を発見した葉月が、嬉しそうに和葉へ教えた。

「荷物は大丈夫ですか?」和葉が聞いてくる。
「一応は盗まれにくいような置き方をしてきたつもりだけどな。まあ、たいしたものは持ってきてないから、仮に盗まれても問題はない。車の鍵はここにあるしな」
 そう言って春道は、首から下げている防水ケースを見せる。中にはしっかりと車の鍵が収納されていた。こればかりは、さすがにビーチへ放置しておくのは危険だと考えて、このような方法を選んだ。昨日の買い物中、母娘から放置されてる間にこっそり購入したものだった。
「それなら、多少は安心をしてもよさそうですね」
 完璧とはいえなくとも、それなりの防犯をしてるとわかって、和葉が少しだけ安堵したような笑みを見せてくれた。
「まあな。どうせ葉月が3人で遊びたいと言うと思ってたしな」
「うんーっ。葉月、皆で遊びたいー」
 浮き輪の中で両手を上げて、愛娘が衰え知らずの元気を披露する。しばらく海の上でお喋りをしながら波に揺られる。そのうちに浮き輪に飽きた葉月が、水中眼鏡をつけて海に潜って遊び始めた。最初は溺れたりしないように見守っていたが、下手をすると葉月の泳ぎの技術は春道よりも上だった。これなら心配いらないなと思い、視線を和葉に向ける。すると彼女は葉月が放置した浮き輪に捕まり、ぷかぷかと水面に浮いていた。
「なるほど。春道さんが言っていたとおり、こういうのもたまにはよいものですね。さすがに私は、葉月みたいに中へは入れませんけど」
「だったら、椅子みたいに座ればいい。開いている部分にお尻を入れて、浮かぶんだ」
「えっ? どうするのですか?」
 和葉も浮き輪遊びの経験がないらしく、戸惑ったような表情を浮かべる。そこで春道が先に実演してみせ、そのあとで彼女に浮き輪を返した。
「そのような使い方もあったのですね。楽しそうです」
 ビキニに包まれているお尻を浮き輪の中へ器用に収納し、空を見上げる体勢で和葉が海に浮かぶ。わざわざ泳がなくても漂っていられるので、ずいぶんとお気に召したみたいだった。昼寝でもしてしまうのではないかというくらいに、リラックスした様子を見せる。春道は黙ってそんな妻を見つめていたが、悪戯好きの海の妖精がひょっこりと顔を出したことで状況が変化する。
「全速前進――っ」
 突然に叫んだ葉月が、和葉がお尻を乗せている浮き輪を両手で押し始めた。ビートバンでも扱ってるかのような感じで、強制的に和葉をどこかへ連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと、葉月っ。い、悪戯はやめなさいっ」予期せぬ展開に、和葉が慌てた様子で口を開く。
「悪戯じゃないもん。遊んでるんだもん」
 楽しそうに笑う葉月に、言うとおりにするつもりはないみたいだった。砂浜の方まで、和葉ごと浮き輪を押していく愛娘の後ろを春道は苦笑しながらついていく。足がつけるくらいのところまで来ると、和葉は急いで浮き輪から離脱した。少しは怒ろうとしたのかもしれないが、無邪気に笑う愛娘の顔を見てるうちに、そうした気持ちは消失したみたいだった。
「まったく、もう。葉月は春道さん似ですね」腰に両手の甲を当てるポーズをとり、呆れたようにため息をつく。
「ハハハ、何を言ってるんだ。葉月は和葉似だろ」
「あら、これは異なことをおっしゃいますね。可愛らしい外見は私似で、悪戯好きな性格は春道さん似です。間違いありません」
「あっ、綺麗な貝殻があるよー」
 両親の言い争いなど興味ないとばかりに完全無視をして、いつの間にか葉月は砂浜にしゃがみこんで貝殻を探していた。見つけたばかりのひとつを右手に乗せて立ち上がると「ほら」と言いながら、春道たちに見せてくれた。
「確かに綺麗ね」和葉が微笑む。
「うんっ。皆で一緒に探そうよ。誰が1番綺麗な貝殻を見つけられるか、競争するのー」
「ようし。それじゃ、頑張ってみるかな」
 家族3人で過ごす初めての海はとても楽しく、夕暮れになるまで葉月主導で色々と遊び続けた。

 続く

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