その後の愛すべき不思議な家族

   46

 料理だけでなく、ケーキ類を食べまくり、もう食べられないと呻いてる葉月をよそに披露宴は進行される。
 高木春道は、叱りながらも愛娘を介抱する妻を微笑ましげに見つめていた。
「やあ。その様子だと、計画はうまくいったみたいだね」
 披露宴の開始以降、ずっと知り合いへの挨拶に追われていた戸高泰宏が、春道たちのところまでやってきた。
 ウエディングドレス姿ではうまく動けないのか、新婦の旧姓小石川祐子はひとりで座っている。
「おかげさまで、うまくいきました。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「ハハハ。別に迷惑なんてかけられてないよ。鉄仮面の和葉が、感涙してる姿を見られなかったのは残念だけどね」
 春道と実兄の会話を聞いていた愛妻が、眉をピクリとさせた。
 全身から放出されるオーラが、怒っているのを周囲に教えている。
「兄さんは、少し酔っているみたいですね。言動には気をつけた方がいいですよ」
「そうかもしれないな。でも……感動して、泣いたんだろ」
 執拗に追いつめられた和葉は、最後に顔を真っ赤にして「知りません!」と声を荒げた。
 そのリアクションこそが答えになっているのだが、それに気づけないあたり、和葉も舞い上がって普段とは違う状態だというのがわかる。
「ハハハ。まあ、和葉の泣き顔を見られるのは、春道君の特権か。妹をよろしく頼むよ」
「どちらかといえば、俺の方がよろしくされそうですけどね」
 春道が言うと、即座に「どういう意味ですか」と妻がジト目を向けてくる。
「そういう時は、任せてくださいと言えばいいのです」
「はい。任せてください」
「……もう」
 子供みたいな反応をする春道にため息をつく和葉。真似をして笑う葉月。披露宴会場には、たくさんの笑顔が溢れていた。
 戸高泰宏が用意してくれていたらしく、春道たちにもお色直しの時間が存在した。
 一旦控え室へ下がるものの、主役はあくまで花嫁側なので、春道は手持ち無沙汰で椅子に座っているだけだった。
 同じような状態にあった戸高泰宏が、春道のいる控え室を訪ねてくる。
「どうやら、春道君も暇をしていたみたいだね」
「男の着替えは、基本的にあまり時間がかかりませんからね」
 笑い合ったあとで、春道は「よく結婚を決断しましたね」と戸高泰宏へ話しかけた。
「春道君のケースよりは、勇気を必要としなかったけどね。それに、元から結婚したかったのだから、むしろ当然の結果だよ」
 戸高泰宏は春道たちを見て結婚願望を抱き、専門の機関へ登録した。開催された集団パーティーにて、偶然にも小石川祐子と知り合って、獲得した縁を温めた。
 どのような交際があったかまでは教えてもらっていないが、戸高泰宏と小石川祐子は順調に愛を育んで今日という日を迎えた。
 最初は戸惑い気味だった和葉も、色々と言いながらも兄夫婦を祝福している。
 戸高泰宏と話しこんでいると、控え室のドアがガチャリと開いた。
 準備ができたとホテルのスタッフが迎えに来たのかと思ったが、来訪者は小さな女の子だった。
 見知らぬ女児が控え室に入れるはずもない。少女の正体は、春道が購入した真っ白なドレスに身を包んだ葉月だった。
 葉月の姿を見て、戸高泰宏が怪訝そうな顔をする。
「あれ? 葉月は着替えなかったのか」
 戸高泰宏曰く、お色直しには葉月の衣装も含まれているらしかった。
 母親の和葉と一緒に着替えているはずなのに、何故か結婚式も着用していた衣服で春道の控え室にやってきている。
「もしかして、用意した服が気に入らなかった?」
 和葉にお色直しを申し出ても、贅沢はできないと却下するのが目に見えていた。
 そのためギリギリまで教えず、半ば強制的にお色直しへ参加させた。
 春道が結婚式を挙げるためにとった手法と、ほとんど同じである。
 戸高泰宏に女物の衣装についての是非がわかるはずもなく、選んだのは妻になったばかりの戸高祐子みたいだった。
 もしかしてまだ反発心が残っており、衣装を用意した人物を知った葉月が、着るのを拒絶したのかと一瞬だけ思った。
 しかし春道の考えは、すぐに本人の言葉によって否定される。
「ううん。でも、葉月、パパが選んでくれたこのお洋服が一番好きなの。だから、このままでいいのー」
 気を遣ってるわけでないのは、一点の曇りもない愛娘の笑顔を見れば明らかだった。
 戸高泰宏はそれ以上お色直しについては何も言わず、優しい目をして「そうか」とだけ呟いた。

「でも、パパの服はいつでも着れるけど、今日のはもう二度と着れないぞ。それでもいいのか?」
 感動的な場面であったはずが、春道の意地悪な質問ですべて台無しになる。
 その事実に今気づいたとばかりに衝撃を受けている葉月は、明らかに動揺していた。
「う、うん……パ、パパも、葉月がこのお洋服を着てる方が嬉しいよね」
「ああ、もちろんだ。でも、他の衣装を着て、おめかししている葉月も見たい気がするな」
 生まれた時から一緒でないとはいえ、濃密な時間をともに過ごしている。
 少なからず、葉月の性格も理解できるようになっていた。
 殺し文句も同然の春道の言葉を受け、おおいに葉月が悩みだす。決意してきたはいいものの、思わぬ誘惑に遭遇した感じだ。
「少しでも着たい気持ちがあるなら、ママと一緒に着替えてこい」
「……うんっ!」
 春道と戸高泰宏に大きく手を振ってから、葉月が控え室を退出する。
 再度二人だけになったところで、戸高泰宏が感心したように春道を褒めた。
「子供との接し方について、勉強になるな。子育てに関しては、春道君が俺の師匠だよ」
「それを言うなら和葉が、でしょう。ここまで葉月を立派に育てたのは妻です」
「そうだね。けれど、君が側にいてあげたから、様々な試練にも乗り越えられた。俺はそう思っているよ」
「買い被りすぎですよ。俺は何もしてません」
 折れない春道に苦笑しつつ、戸高泰宏は「それなら、そういうことにしておくよ」と言った。
 直後にホテルのスタッフが春道たちを呼びにきた。
 急いでそれぞれの妻の控え室へ行く。春道が室内で目にしたのは、婚礼用の和服に着替えた和葉だった。
 洋風のいでたちも美しかったが、日本式の衣装もしっかり似合っている。
 側では同じく和服に着替えた葉月が、どうとばかりにその場で一回転してみせた。
「和葉も葉月も似合ってるよ。凄く綺麗だ」
 春道や戸高泰宏も男物の着物に着替えていたので、どのような衣装になるのかは大体予測できていたが、言葉どおり想像を上回るほどに妻も娘も美しくなっていた。
「ありがとうございます。ですが……ここまでしてもらって良いのでしょうか」
「遠慮は大切だが、素直に喜ぶのも、良くしてくれた相手への礼儀だと思うぞ」
 春道がそう言うと、ようやく心の整理がついたとばかりに「そうですね」と和葉が頷いた。
 それから数分後。春道は和葉と、戸高泰宏は戸高祐子となった女性と一緒に、再び披露宴の会場へ入場する。
 主催したのが戸高泰宏ということで、春道たちはその後ろについて歩く。一緒に出たがった兄を、和葉が説得してこの形になった。
 披露宴の会場に姿を現すと、招待客の面々から歓声が上がった。
 紙吹雪の演出まであり、何がなんだかわからなくなる。
 そもそも春道は自分のサプライズ結婚式の準備に奔走しており、実のところ披露宴の肯定などろくに頭に入っていなかった。
「この後は歓談。その次に家族からの手紙になっているはずです」
 さすがは和葉というべきか、春道の状態を的確に見抜き、耳元でこれからのスケジュールを教えてくれた。

 さしたる問題なく披露宴は順調に進み、花嫁から両親に送る手紙で旧姓小石川祐子を始め、高木家側の招待客も瞳に涙を滲ませていた。
 感涙のイベントも終了し、あとはフィナーレへ向かって突き進むだけ――かと思いきや、ここで司会者が予定になかった台詞を口にする。
「それでは、次は高木家によるお嬢様からご両親へのお手紙となります」
 驚く春道と和葉を尻目に、元気よく葉月が返事をする。
 慌てて戸高泰宏たちが座っている方を見ると、妻の戸高祐子ともども笑みを浮かべていた。
「どうやら……兄さんたちの仕業みたいですね」
 とことこ歩いていく愛娘の背中を見送りながら、春道の隣にいる妻が呟いた。
 春道がサプライズで和葉へ結婚式を用意したみたに、戸高泰宏もまた妹のためにビックリイベントを準備していたのである。
 それが葉月による手紙だった。事前に練習もしていたのだろう。迷いもせずに、愛娘はマイクの前まで歩いていった。
 司会者がマイクの位置を調節してくれるのを待って、緊張のスピーチが開始される。
「パパとママへ」
 葉月が春道たちの方を見て、ゆっくりと口を開いた。
 これぞまさしく緊張の一瞬。どんな内容の話なのか、想像するだけで心臓がバクバクする。
 目の前で一枚の紙を両手で広げた葉月は、大きな声でマイクに向かって話し始める。
「私はパパとママが大好きです。パパとママの娘で幸せです。高木葉月。終わり」
 思い出話などをちりばめ、感動的に話をまとめた旧姓小石川祐子のスピーチとは、まったく真逆の内容だった。
 あまりにもシンプルすぎて、会場内ではどのようなリアクションをするべきかどよめいている。
「……葉月らしいわね」
 隣で微笑む愛妻の言葉に、春道はすぐ同意する。
「ああ、葉月らしい」
 笑っている春道たちとは違い、毒気を抜かれたような感じの司会者が「そ、それだけなのかな」と葉月に問いかけている。
「うんっ。だって、それが葉月の全部だもん」
 にこやかにそう言われると、披露宴の司会者は何も返せなくなった。
 ある種独特の雰囲気の中で、戸高泰宏が「素晴らしいね」と拍手をする。
「シンプルイスベストというのは、このことだろうね。いつか子供ができたら、私もそう言ってもらえる父親になりたいものです」
 戸高泰宏の発言が大きなフォローとなり、披露宴会場は一瞬にして拍手と歓声に包まれた。
 どうしてそのような状況になってるのか理解できない葉月は、ひとりマイクの前できょとんとしている。
 そこで春道が手招きをすると、嬉しそうに葉月はこちらへ駆け寄ってくる。
「立派だったぞ。ありがとう」
 元の席に座ろうとしている愛娘に春道が声をかけると、いつも以上に元気な「うんっ」が返ってきた。
「私たちも、葉月のママとパパで幸せよ」
 母親に頭を撫でられ、今度は「えへへ」と嬉しそうに笑うのだった。

「やれやれ……結構、疲れたな」
 高木家の自室にして、春道はひとり天井へ向かって呟く。時刻はすでに夜。披露宴はとっくに終わっている。
 披露宴が終了すると、春道の両親だけが高木家へやってきて、大騒ぎしていた。
 二次会みたいな感じで盛り上がり、お開きになったのがついさっきだった。
 葉月はもう眠っており、妻の和葉も自分の部屋へ戻っているはずである。
 春道も眠ろうとしたところで、コンコンとドアがノックされた。
「鍵ならかかってないぞ」
 春道が私室と使ってる部屋へ入ってきたのは、妻の和葉だった。
「お、おい……」
 いつ着替えたのか、和葉は結婚式で着ていたウエディングドレス姿になっていた。
「うふふ。春道さんの仕事部屋を借りてしまいました」
 春道が私室へいる間に、仕事部屋へウエディングドレスを運び、そこで着替えたのだろう。メイクもしており、思わずドキリとさせられる。
「ど、どうか……したのか……?」
「着なくてもいいと思っていましたが、実際に結婚式をしていただけると、とても嬉しかったです。どうもありがとうございました」
「本当にどうした。今日はやけに素直じゃないか」
 ペコリと頭を下げた和葉をからかうと、即座に相手の頬が膨らんだ。こういった仕草は、やはり娘の葉月とそっくりだった。
「私はいつも素直です。春道さんが、気づいてないだけです」
「冗談だ。そんなに拗ねるなよ」
「ふふふ。わかっています。こちらもからかっただけです」
 出会った当初とは違い、お互いにパートナーを少しは理解できている。
 ギクシャクした雰囲気もなくなっており、自信を持って家族と言える。
「私……綺麗ですか?」
「ああ、綺麗だ」
「ふふ、ありがとうございます」
 もう一度頭を下げたあと、真っ直ぐに和葉が春道を見つめてきた。
「これからも、末永く……よろしくお願いします」
「こちらこそ、な。愛想尽かされないように頑張るよ」
「うふふ。そうしてください」
 今年も始まったばかりだが、すでに色々な出来事があった。
 これからも、きっと色々とあるのだろう。けれど、きっと楽しんでいける。春道はそう確信していた。
 何故なら、春道には喜びも悲しみも、ともにわかちあってくれる家族がいる。


面白かったら一言感想頂けると嬉しいです。



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