愛すべき不思議な家族 38

 和葉の姿をよく見たあとで、目を爛々と輝かせながら、高木家の隣に住んでいるおばさんが聞いてきた。突然の展開で、頭をうまく働かせられないうちに、隣にいる葉月が「春道って、パパの名前だー」といきなり嬉しそうに喋っていた。
「やっぱりそうなのね。それじゃ、貴女が娘さんなのね。お名前は何て言うの」
「葉月だよー。今日はね、ママと一緒にパパの実家へ来たのー」
「高木さんの奥さんの話だと、仕事が忙しくてこれないって話だったけど、やっぱり新婚さんね。夫の春道君が恋しくなって会いに来たのね」
  図星でしょうみたいな顔をされても、どんな反応をしたらいいかわからず、和葉はとりあえず「ええ……そうですね」とだけ答えておいた。
「でも、それなら一歩遅かったわね。高木さんたちなら、もう親族の方の結婚式会場へ向かってしまったわよ。でもさっき出たばかりだから、急げばきっと追いつけると思うわ」
  思わぬ情報が、思わぬ人からもたらされた。どうやら高木春道は、両親と一緒に親族の結婚式に参加しているらしい。さらに恐れを知らない娘が「パパ、ママの他にママを作っちゃうのー?」などととんでもない質問をしている。
「結婚するのはパパじゃないのよ。奥さんの妹さんの娘さん。わかりやすく言うと、パパの従姉妹が結婚するの」
  まだ幼い葉月にはそれでもわからないと思うが、満足いくまで質問させてあげてるような時間はなかった。愛娘が次の発言をする前に、和葉は「急いで追ってみます。ありがとうございました」とお礼を告げた。
「会場へはタクシーか何かで行った方がいいんじゃないかしら。建物の名前は知ってても、この街へ来たのは初めてなんでしょう?」
  隣のおばさんは本当に人がいいらしく、わざわざタクシーまで呼んでくれて、到着した運転手に建物名を告げてくれた。これでもう迷うこともない。和葉は改めてお礼を言ってから、葉月と一緒に車へ乗り込むのだった。
  だがこのまま直接向かうわけにはいかない。結婚式ともなれば、それなりの衣装が必要となる。失礼がないようにとスーツを着てきているものの、これでは場違いだ。和葉は運転手へ近くにあるデパートへ向かってくれるように告げる。
  建物の名前はしっかりと覚えている。タクシーの運賃を支払ったあとで、急いで和葉は結婚式でも着ていけるような服を売ってる場所へ急ぐ。ゆっくり選んでる暇などないので、とりあえずシックなワンピースを選ぶ。
  葉月に関しても同様にして、あとは店員に結婚式でも変じゃないコーディネートをしてくださいと頼む。見繕ってくれたものをそのまま購入し、試着室で着替えたあと携帯電話を使って再度タクシーを呼ぶ。
  先ほどのタクシーの運転手から会社の電話番号を聞いていたので、そこへかけるだけだった。こうしてかなりバタバタしてしまっているが、準備を整えて結婚式会場へと向かう。
  結婚式会場はわりと大きめのホテルで行われていた。わかりやすく建て看板が設置されていたため、すぐに高木家の結婚式が行われている場所を見つけられた。どうやら式のあとに披露宴を行うような感じだ。
  受付には若い男女が立っている。恐らくは高木家の親族で間違いないだろう。和葉と葉月がすぐ側まで行くと、当然のごとく誰だというような目をされる。
「すみません。私、高木春道の妻です」
  自己紹介すると、二人は驚いたように顔を見合わせた。
「仕事が忙しくて本来ならこれなかったのですが、時間に都合がついたので急いで来ました。夫に確認をとってもらえれば、すぐにわかると思います」
  この場で高木春道を呼び出してもらえれば、本当に話は早かったのだが、二人の受付は難なく和葉を通してくれた。よかったのか、悪かったのかは不明だが、とにもかくにも会場内へ入ることには成功した。
  途中で愛娘が「葉月は、パパの娘なのー」と言い出したせいで、受付の男女はさらに吃驚して一時的に冷静さを失っていたのかもしれない。別に混乱させようなどと思ってるわけでなく、ただ単純に自分が高木春道の娘だとアピールしたいだけに違いない。
  結婚式はすでに終わっており、早くも会場内は披露宴へと移行していた。早くも酔った招待客の男性陣が、大きな声で笑いあっていた。中でもひとりの男性へ積極的に絡んでるようだ。
「あ……! あれ、パパだよ」
  やたらと周囲に人だかりを作っていたのは、他の誰でもない高木春道だったのである。それにしても何故、主役となるべき新郎よりも人を集めてるのだろうか。
「ママ、早くー。パパ、あそこにいるよー」
  高木春道を見つけて大喜びの愛娘に手を引っ張られ、華やかな会場内を二人で歩く。和葉の顔を見たら、一体どんな反応をするだろうか。いや、それよりも両親と一緒にいる可能性があるのだ。そちらにする挨拶を考える方が先だ。
  だが実際そんな暇はなく、気づけば高木春道のすぐ背後にまで到達していた。当の本人は言いにくそうにしながらも、何かを母親に話そうとしてるようだった。声をかけていいものか躊躇われたが、正面の席に座っている年配の女性と目が合ってしまった。
「あら? どちら様かしら」
  年配の女性は、どうやら高木春道の母親らしかった。気づかれた以上、挨拶しなければ失礼になる。だが和葉が口を開くより先に、なんとも間抜けな台詞が場に放たれた。
「そうなんだ。実はどちら様なんだよ。……ん? どちら様?」
  まったく状況を理解してない高木春道によるものだった。何を話そうとしてたのかは不明だが、こうした事態に対応できないほど深刻な問題だったようだ。悪いことをしたなと思いつつも、今度こそ和葉は相手の母親へ挨拶を決行する。
「――初めまして、お義母様。私、春道さんの妻の松島和葉と申します」

 高木春道は驚きのあまり、椅子から半分ほどずり落ちてしまっていた。たった今、母親に実は離婚したんだと話す直前だったのだ。絶妙すぎるタイミングに、心臓が止まるんじゃないかと思ったほどだった。
「な……ど……え……な……」
  頭がパニクりすぎていて、うまく質問を作れない。なんとか椅子へ座りなおしたものの、冷静さを取り戻すには至らない。相変わらず混乱したままだ。
「思ったより早く仕事が終わったから、急いで駆けつけたのよ。間に合ってよかったわ」
  さも当然とばかりに、笑顔を浮かべた松島和葉がそんな台詞を口にした。突然の展開に唖然としてるのは春道だけじゃなく、母親もまた口をポカンと開けて呆然としている。
「パパー。葉月も一緒に来たんだよー」
  笑ってるんだか、泣いてるんだかわからない少女が、座ってる春道に体当たりよろしく抱きついてきた。胸の顔を埋めたかったのかどうかは不明だが、意図してるのとはまったく違った展開になったのだけは間違いない。
  松島葉月の頭部は、見事なまでに春道の鳩尾をとらえていた。この時ばかりは、ほとんど食事が喉を通ってなかったのが幸いした。吐き出すものが何もなかっただけに、軽く呻くだけですんだのだ。
  もっとも、春道がそんな苦しみと戦ってるなど、抱きついてきた少女が知る由もなかった。母親である松島和葉はなんとなくわかってる感じだったが、別段娘を注意しようともしない。むしろその目は「自業自得よ」と語ってるようにも見えた。
「荷物を預けたいのだけれど、どうすればいいかしら」
  そう口にした松島和葉が、両手に持っている少し大きめの紙袋を見せてきた。ホテルのフロントに言えば、一時的に荷物を預かってくれるはずだ。もし駄目だと言われたら、その時は乗ってきた車に置いておけばいい。
「まずは、フロントへ行ってみるか」
  第三者が場にいない方が、より突っ込んだ話し合いもできる。春道のそんな意図を、松島和葉も理解してくれたみたいだった。
「そうね。わかったわ。それでは、お義母様。一旦失礼させていただきます。すぐにまたご挨拶へ伺いますので、よろしくお願いいたします」
「あ……は、はい。こちらこそ……よ、よろしくね」
  まだいまいち母親はピンときてないようだった。来ないと聞かされていた奥さんが、いきなりやってきたのだから無理もない。春道だってまだドキドキしてるぐらいなのだ。現状を正しく把握するために、とりあえず松島和葉をフロントへ案内する。
  お客様第一のサービス業だけあって、不満ひとつ漏らさずに笑顔でフロントは荷物を預かってくれた。目的を果たしたのであとは会場へ戻ればいいだけだが、その前に尋ねたいことが山ほどある。
「……あの荷物は何だったんだ」
  いきなりズバッとした質問もできず、まずは差し障りのないところから攻めてみる。
「着替えです。まさか家から、披露宴に参加するような恰好で来るはずないでしょう」
  丁寧な口調ながらも、淡々と説明をする。まさしく松島和葉だった。どうやら姿形が似てるだけのそっくりさんではないようだ。
「それはそうだが……そもそも、何でこんなところへ来たんだ。俺の意図は理解してるはずだろ」
  頭のいい松島和葉だからこそ、何も言わずとも残してきた離婚届だけで察してくれると思っていたのだ。
「……もちろんです。ですが約一名、どうしても納得のできなかった方がいらしたのです。誰かは言わなくてもわかりますよね」
  松島葉月が駄々をこねるのは想像の範疇だった。それでも問題ないと判断した。もともと松島和葉は母娘二人で暮らしたがっていたからだ。多少強引な手法を使ってでも、娘にきちんと言い聞かせてくれると思ったのである。
「だからって、こんなとこまで一緒に来てどうするんだよ」
「貴方にそんなことを言われたくありません。戸高の家に、わざわざ葉月を連れてきたのはどこの誰か忘れてはいませんよね」
  松島和葉の言葉が若干棘を持つ。確かに春道がお節介すぎたのは事実だが、そのおかげで母娘の絆が深まったのだから、むしろ感謝されてもおかしくない。
「……あの約束は反故になって当然だろ。元々俺たちが結婚したのは、葉月が信じた嘘を本当にするためだったはずだ。けど実際は最初から嘘だとわかっていた。なら、共同生活を続ける必要はない」
「そのとおりです」
「なら、どうしてこんなところまで来た。俺が面と向かって別れを言ったところで、大事な娘を余計に悲しませるだけだろ」
「貴方は何か勘違いをしてるようですね」
  会場へ戻る歩を止めた和葉が、真正面から春道を見据える。その瞳は強い決意に満ちており、余計な口を挟ませてくれなかった。
「私は何も葉月を悲しませたくて、ここまで連れてきたわけではありません。訪ねてきた理由は、あくまであの子を喜ばせてあげるためです。それこそ、少し考えればわかりそうなものですが」
「……喜ばせる? どうやってだよ。いずれは必ず離婚するんだ。それなら早い方が葉月の心の傷も浅くて済む。これ以上仲良くなってしまったら、ますます別れの時が大変になるぞ。そこらへんは考えてるのか」
「ですから……その……ああ、もう。頭の悪い人ですね」
  失礼な言動を口にして、松島和葉が頭を抱える。文句を言うよりも、何がなんだかわからず春道はただ呆然とする。
「……他の事にはあれだけ気がまわるくせに、どうしてこういう時だけ……」
  ボソボソと何事か呟いているようだが、小声すぎて春道の耳まではきちんと届いてこなかった。
「何を言ってるのかわからないから、はっきり聞こえるように言ってくれないか」
  何気なく発した台詞だったのだが、何故か相手は赤面してしまう。これまた意味が分からず、春道はその場に立ち尽くしてるしかなかった。
  全員披露宴に夢中で、ホテルのロビーには誰もいない。やけにシンとしてる周囲の中、松島和葉が俯かせていた顔を上げた。
「ですから、家に戻ってきてくださいって言ってるんです!」



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