その後の愛すべき不思議な家族2

   35

 クリスマスや誕生日が終わり、愛娘の葉月が通う小学校も冬休み真っ最中だった。期末テストの点数が悪かった影響か、前半はひたすら宿題をこなしていたみたいだった。今井好美や室戸柚らいつもの面々も加わり、ひとりサボりたそうにしている佐々木実希子を叱責しながら、葉月の部屋に閉じこもってる光景を何度か見かけた。
 それとなく葉月に根を詰めすぎないように言ったら、皆で頑張って前半で宿題を終わらせて、後半は楽しく遊ぶ予定なのだと教えてくれた。目的のために勉強をするのは決して悪いことではないので、頑張れよと春道も応援した。
 迎えた大晦日には家族水入らずで大掃除をした。例年どおり和葉が主導だったものの、あまり無理はさせられないので大半は春道の担当だった。年末年始は仕事を入れてなかったので、大掃除に全力で励んだ。葉月も一生懸命手伝ってくれたので、1日だけでずいぶん綺麗になった。
 順番にお風呂に入って汗を流し終えた頃には、もう夜だった。事前に頼んでいたお寿司を皆で食べて、リビングでまったりテレビを見たり、葉月の提案でカードゲームなどをしたりして過ごした。年越しそばを食べてお腹が膨れると、眠そうにしながらも愛娘が初詣に行きたがった。けれど和葉が初めての妊娠だったのもあり、元旦の午後に行こうと説得した。少しでも空いてそうな時間帯を選んだ。
 年越しを皆で迎え、あけましておめでとうと挨拶をしてから睡眠をとり、昼近くまで眠った。春道がリビングへ行くと、すでに和葉も葉月も起きていた。昨年から準備してくれていたおせち料理が、満を持して食卓に並ぶ。舌鼓を打ったあと、いよいよ初詣に出かける。妊娠中の和葉が転ばないように、今回は春道と葉月が左右から彼女の手を握った。妻は少し照れていたけど、嬉しそうだった。
 家族全員の無事と、妻の安産を祈願してお参りを終える。おみくじなどを購入してはしゃぐ葉月の相手をしつつ、残りの時間は家でゆっくりしようと帰宅の途に就く。
 冬場は空気が乾燥し、インフルエンザも流行するので、帰宅後の手洗いとうがいはかかせない。効果がないという人もいるが、自分で満足できれば、その分だけ免疫も上がるかもしれない。不安になるよりだったら、やるべきなのではないかと考える。独身時代はあまり気を遣わないタイプだっただけに、変われば変わるものだと苦笑する。

「しかし、正月のテレビ番組は、どれも似たり寄ったりだな」
 たくさんの芸能人が集まっては、あれやこれやと大騒ぎする。お祭り好きな日本人だけに、どうしてもこういう番組スケジュールになってしまうのだろう。朝昼兼用でご飯も食べたし、あとはゆっくりするだけだと考えていた矢先、新年早々に来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
「葉月が出るー」
 妊娠中の母親を気遣ってるのか、誰よりも早く愛娘が玄関まで走って行って来客を出迎える。都会ではインターホンでやりとりするのが普通かもしれないが、田舎になってくると面倒なので返事もせずにいきなりドアを開けるパターンも存在する。中には、鍵をかけずに生活する家もあるくらいだ。平和な証だが、同様の生活をしていくには厳しい時代になってしまった。
「あ、おばあちゃんだーっ」
 葉月の元気な声がここまで届いてくる。言葉の意味を理解した和葉が、慌てたように立ち上がる。妻の実家に母親はいないので、葉月がおばあちゃんと呼ぶ存在はひとりしかいない。来るなんて話は聞いてなかっただけに、少しの間呆然としてしまう。
「お、お袋が来たのか。一体どうして……」
 尋ねてみたところで、息子の春道にわからないものを嫁の和葉が知ってるはずもなかった。わかりませんと応じつつも、リビングのドアを開けて玄関へ向かう。服を着こんでればあまり目立たないが、それでも当初よりはお腹の膨らみも大きくなってきた。体調はいまのところ安定してるみたいで、当人はつわりがあまりキツくなくてよかったと安堵していた。
「まあ、和葉さん。あけましておめでとう。お父さんは迷惑だろうと言ったんだけどね。強引に連れて来ちゃったわ」
 正月から人の家の玄関でゲラゲラ笑う母親へ注意するために、春道も和葉たちのように移動する。
「来るなら来ると、連絡を入れるのが普通だろ」
 春道がそう言うと、母親はおもむろに持っていたバッグの中から携帯電話を取り出した。流行りのスマホではなく、ガラケーと呼ばれるタイプのものだ。春道は最近、スマホに変えていたのだが、それが急に着信を知らせる音を鳴らし出した。
 ディスプレイには、母で登録してある番号が着信相手として表示されている。何をとち狂ったのか、目の前で春道に電話をかけてきたのだ。
「何をしてるの? 早く電話に出なさい。連絡してるんだから」悪びれもせずに母親が言った。
「いや……そういう意味じゃなくてだな」
 軽く怒りを覚えた春道が、鳴り続けるスマホを片手にこめかみを押さえていると、愛娘がアハハと笑った。「おばあちゃん、面白いね」
「でしょう? 移動中にずっと考えていたのよ」
 ネタだったのかとツッコみを入れたいのを堪え、急にやってきた目的を尋ねる。
「もちろん、アンタじゃなくて和葉さんや葉月ちゃんに会いに来たの。ほら、お年玉もあるわよ」
 差し出されたお年玉を前に、葉月が子供らしく両目を輝かせる。受け取ってもいいのか目で確認してきたので、苦笑しながらも春道は頷いた。
「わあい。ありがとう、おばあちゃんっ」
「葉月ったら、もっとしっかりお礼を言いなさい。お義母さん、すみません」
「いいのよ。今みたいな反応をしてくれた方が、子供らしくて可愛いわ。この歳から礼儀正しすぎたら、逆に心配しちゃうわよ」
 申し訳なさそうにする和葉の前で、右手を縦に小さく振りながら笑う。世間一般の中年女性のイメージを、全力で守ってるような仕草だった。
 隣にいる父親は我関せずなのかと思いきや、何故かコートの懐から新たなお年玉袋を取り出した。「これはおじいちゃんからだよ」
「え? で、でも……」すでに祖母からお年玉を貰ってるだけに、葉月もさすがに戸惑う。
 当然、母親の和葉も遠慮させようとするが、孫に甘い祖父母は諦めようとしない。仕方なしに、春道が葉月に貰っておけと告げる。父親に言われれば、さすがに愛娘も拒否できない。素直にお礼を言って、今度は祖父からのお年玉を受け取る。
「は、春道さん」慌てた様子で、和葉が側までやってくる。
「新たに貰った分は、あとで手土産でも持たせてやればいいんじゃないか? それに葉月はお年玉を貰う相手も少ないしな。たまにはいいだろ」
「ふう……なんやかんやで、春道さんも娘には甘いですね」
「ハハハ。その分、和葉が厳しいからいいじゃないか」
「……なんだか、私だけ悪者にされている気分です」
 拗ねたような口調ではあったものの、仕方ないですねとばかりに肩を竦める。両親ともに厳しかったり甘かったりするよりかは、バランスが取れてると判断してくれたのかもしれない。
 とりあえずはこれでひと段落と思っていたら、母親がとんでもない提案をしてきた。「さあ、初売りへ行きましょう」
「は!? いきなり来ただけでも問題なのに、何を言ってるんだ。買い物なら、自分たちだけで行ってこいよ」
 さすがにイラついてきた春道は、少し強めの口調で両親を怒った。懲りてくれるかと思いきや、平然と反論される。
「葉月ちゃんと一緒に買い物に行きたいのよ。せっかくお年玉も貰ったんだし、少しは使わないとね」
「あのな……! 葉月はいいにしても、和葉は駄目だぞ。今、妊娠してるんだから」
「え、そうなの!? アンタ、そんな報告してくれなかったじゃない!」
「あれ……そういや、そうだな。誰にも言ってなかった」
 普段はしっかり者の和葉も、春道の両親や自分の実家への報告の話を一切してこなかった。しまったという感じの顔をしてるので、彼女もまた今まで忘れていたのだろう。しっかりしてるようで、どこか抜けている。以前に誰かから教えてもらった和葉の特徴が、なんとなく頭の中に浮かんできた。
「アンタって……昔から、そうよね。今さら言っても仕方ないけど……今は安定期?」途中から和葉に視線を移した母親が尋ねる。
「あ、はい。4ヶ月を過ぎて、5ヶ月目に向かってるところです。あの……ご報告が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいのよ、気にしないで。妊娠すると女は大変だもの。そういう雑用は男がやるのが当たり前よ。辛いのも痛いのも女だけが担当させられるんだから。作るまでは共同作業なのにね」
 いつになく辛辣な視線が春道だけでなく、父親にまで突き刺さる。こういう場合は、妊娠中や出産の辛さを知らないだけに、何も言えなくなってしまう。
「いえ……春道さんは仕事をして、私たちを養ってくださってます。いかなる時でも、夫を支えるのは妻の役目です」
「まあ、偉いわ! 和葉さんこそお嫁さんの鑑ね。感動しちゃったから、色々買ってあげる」
「え? あの、そういうわけには……」
「気にしないで。義理だけど、私は和葉さんの母親なのよ。それに、これから妊婦用の服とかも必要になるでしょう。今のうちに、ある程度用意しておきなさい」
 春道にとっては母親でしかないが、和葉にとっては出産も経験している女性の先輩になるのだろう。勢いに流された感じはあるものの、最終的には首を縦に振って買い物へ同意した。
「さあ、春道も準備しなさい。鈍感なアンタでも荷物持ちくらいはできるでしょ」
「わかったよ。まったく正月早々、忙しないことだな」
「何を言ってるの。お正月だからこそでしょう。ほら、お父さんも。ひとりだけ、葉月ちゃんと遊んでないのっ!」
 大はりきりの母親に促され、春道たちは元旦から営業を開始しているお店へと出かけるのだった。

 日中は買い物へ出かけ、夜になるまで皆で遊んだ。さすがに疲れたのか、葉月は午後の8時過ぎには、早々とリビングで眠ってしまった。何の夢を見てるのか、楽しそうに笑う愛娘を部屋へ送り届けたあと、春道も部屋へ戻った。両親には私室に泊まってもらい、春道は仕事部屋で眠るつもりだった。
 和葉が用意してくれた布団を、春道の母親が父親の分も含めて敷いてくれた。なんやかんや言いながらも、妊娠中の息子の嫁を気遣ってるのがわかった。翌日には帰る予定らしく、行きも帰りもバタバタだ。その分、春道たちは帰省の必要がないでしょと笑っていた。
 単純に春道たちの住む家を見たかっただけだと言っていたが、去年も帰省してるだけに、2年も続けての移動を考慮してくれたのかもしれない。昔から何を考えてるかよくわからない母親ではあったが、不思議と毛嫌いはしていなかった。親子というのは、えてしてそういうものかもしれない。

 考え事をしていたらいつの間にか眠っていたが、普段と違う部屋での睡眠が影響したのか深夜に目覚めてしまった。何度かもう1回眠ろうと寝返りを打ってみたが、すぐには無理そうだった。仕方なしに、何か飲み物でも飲んでこようとリビングへ向かう。
 眠ってる皆を起こさないように、足音に気をつけて階段を下りる。すると目指していたリビングに明かりがついていた。誰かの話し声も聞こえてくる。こんな時間に何だろうと思い、中の様子を窺ってみる。
 食卓に、和葉と春道の母親が並んで座っていた。2人とも廊下に背中を向けている状態なので、春道がドア付近から覗いてるのに気づいてなかった。気にはなるが、他人の会話を盗み聞きする趣味はない。喧嘩をしてるのでなければ大丈夫だろうと、すぐにその場を離れようとした。
「……和葉さん」
 リビングへ通じるドアに春道が背を向けた途端、いつになく真剣な母親の声が聞こえてきた。盗み聞きするつもりはなかったのに、何故かその場から足が動かなくなる。
「春道のこと……お願いしますね。頼りない息子でしょうけれど……」
「いえ、そんなことはありません。春道さんは……私や葉月にとって大切な人です」
「うふふ。そう言ってもらえて嬉しいわ。こんな話、男連中には聞かせられないものね」
「調子に乗ってしまうからですか? フフ。そうかもしれませんね」
 悪戯っぽく笑う和葉と春道の母親の声が、リビングのドアを通り抜けて廊下まで届いてくる。
「……フン。丸聞こえだっての」
 文句を言ったつもりだったが、気がつけば春道は笑みを浮かべていた。家族のありがたさを再認識すると同時に、こんな自分と新しい家族になってくれた母娘を、なんとしても守っていこうと改めて誓うのだった。

 続く

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