その後の愛すべき不思議な家族2

   40

 雪が解け、大地を彩る色が白から緑に変わる。肌に突き刺さるような風が、優しく撫でるようになり、季節の移り変わりを実感する。
 春休みも終われば、いよいよ新学期が始まる。高木葉月の通う小学校も例外ではなく、今日から4年生になる。各階に2学年ごとの教室が並んでるので、3年生時と同じく、教室が2階にあるのは変わらない。変更があるのはクラスのメンバーだった。
 新学期最初の日は、教室の外側の壁――廊下に面したところに、そのクラスに所属する生徒の名前が書かれた紙が貼られる。自分の名前を見つけた場所が、これから1年間所属する場所になる。時代の変化なのか、毎年クラス替えをしていくのが、最近決まったばかりだった。
「全員が、同じクラスだといいんだけど……」
 葉月と一緒に登校した親友の今井好美が、自分の名前を探しながら呟いた。彼女の言う全員とは、普段から仲良くしている面々のことだ。葉月に好美、さらには佐々木実希子と室戸柚を加えた4人が該当する。
「あ、あった。私は松組ね」
 50音順に名前が並んでるので、今井好美は早くも自分の名前を見つけたみたいだった。そのまま他の人の名前も探す。佐々木実希子の名前が同じ紙の中にあり、タ行を飛ばして室戸柚の名前が並ぶ。仲町和也も松組だった。
 何度見返しても、貼り紙内に並ぶ名前に変化はない。今井好美、佐々木実希子、室戸柚は確認できるのに、葉月の名前はなかった。それが意味する事実はただひとつ。仲良し4人組の中で、葉月だけが別のクラスになってしまった。
 今井好美も少なからずショックを受けてるみたいで、気まずい空気が流れる。そこに佐々木実希子がやってきて、明るい口調で挨拶してくる。
「おはよ。あ、そういやクラス替えだったな。2人とも、もう確認したの……か……?」
 よほど暗い顔をしていたのか、佐々木実希子の声のボリュームが小さくなった。慌てた様子で目の前の貼り紙を、他の生徒と競うように確認する。すぐに葉月の名前だけがないのに気づき、声を出せなくなってしまう。
 今井好美らと同じクラスになれないのは嫌だが、我儘を言うわけにはいかない。仲の良い子と一緒になれなかったのは、葉月ひとりだけではないはずだ。それに、このままだと今井好美らに気を遣わせてしまう。せっかくの新学期なのだから、少しでも楽しい気分で過ごしてほしかった。
「えへへ、葉月だけが別のクラスになっちゃったね。じゃあ、あっちで確認してくるね」
 なんとか笑顔を浮かべてそう告げると、足早に隣の竹組の壁へ移動する。貼られている紙の中には、やっぱり高木葉月という名前があった。残念だけど、クラス替えがあるとわかった時から、こうなる可能性も考えていた。仕方ないよと自分で自分を慰めながら、葉月はひとりで新しい教室の中へ入った。
 見知った生徒同士が仲良く会話をする中、葉月だけがぽつんとひとりぼっち……になったりはしなかった。田舎の学校で全体の生徒数が少ないだけに、1学年ごとに2つの学級しか存在しない。だからこそ、3年生の時も同じクラスだった女子は何人もいる。そういった女児たちが、今井好美らと別々になってしまった葉月を気遣って声をかけてくれた。
 誘われてその子らと近くの席に座る。わいわいと話している間に、新しく担任になる先生がやってきた。きちんとした席替えをするまでは、今のままでいいということになった。仲間外れにされてる生徒もいないので、誰からも不満は上がらなかった。
 その後に体育館での始業式に臨み、多少の注意やこれからの話などを少しだけして解散になった。皆にバイバイと挨拶してから、葉月は廊下に出る。隣の松組ではまだ、先生が話をしてるみたいだった。待ってようかとも考えたが、今日は特に遊ぶ約束をしてるわけでもない。いつ終わるかもわからないし、今日のところはひとりで帰った方がいいかもしれない。そんなふうに考えて、葉月はひとりだけで帰宅した。

 夜になって家族全員がリビングに集まったところで、高木家の夕食が始まる。4月になって、日もだいぶ長くなった。午後5時を過ぎても明るかったので、外で遊ぶのが好きな葉月はそれだけでウキウキした。とはいえ、今日は家で宿題をするだけで終わった。
「4年生になって、最初の日の感想は?」茶碗にご飯をよそってくれた母親の高木和葉が聞いてきた。
「うんー、楽しかったよー」
 茶碗を受け取り、ダイニングテーブルの隣に座った母親へ明るい声で答える。以前に虐められていたせいで心配をかけてしまったので、今後はなるべくそうした事態が起きないようにしたかった。何か問題が発生すれば相談するのはもちろんだが、母親の前に父親の高木春道へ言ってしまいそうだった。
 そんなことを思っていたからか、自然と春道へ視線が向いた。見られてるのに気づいた父親の高木春道が、不思議そうにどうかしたのかと尋ねてきた。
「実はね……葉月だけが、別のクラスになっちゃったんだ」
「そうなのか? あれ、でもクラス替えって2年に1回とかじゃないのか?」
 春道の疑問に、高木和葉が答える。
「以前はそうだったみたいですが、最近では毎年に変わったみたいです。葉月が通ってる小学校も、それに倣ったみたいですね」
「そうだったのか。知らなかったよ」春道が苦笑しながら、人差し指で自分の頬を掻く。
「うんー。好美ちゃんとかは、皆一緒なんだけど」
 茶碗を置いて、軽くため息をつく。心配をかけては駄目とわかっていても、残念な気持ちを抑えきれなかった。
「それで元気がなかったのね。私が葉月の立場でも、少なからず落胆していたでしょう」
「そうなの。ちょっとだけ、がっかりしてたー」
 最近では、食事中にこうして会話をする機会がグっと増えた。葉月自身、テレビよりも話してるのが好きなので、毎日の家での食事はとても楽しい。
「でも、前にも同じクラスだった子が、こっちおいでって仲間に入れてくれたんだよー」
「あら、それはよかったわね」母親の高木和葉が笑顔になる。
「うんっ。新しい友達もできそうだし、明日からも楽しみかな」
 それは偽らざる本心だった。新しい友達ができるのは喜ばしいし、両親に言ったとおり楽しみでもある。けれど、今井好美らと遊んでた記憶がふと蘇り、何故かわからないがとても悲しくて切ない気持ちにもなる。
「クラスも変わったし、これからは新しい友達と仲良くしないとね」
 もやもやした気持ちを振り払おうと、強引に明るい声を出す。いつまでも今井好美たちに頼っていてはいけない。葉月はそう思ったが、父親の春道の考えは違うみたいだった。
「なあ、葉月。クラスが変わったからといって、友人関係が解消されてなくなるわけじゃないんだぞ。そんな契約みたいな関係を友人と呼ぶのなら、寂しすぎるだろ」
「う、うん……それはわかってるけど……どうしても、会える時間が少なくなっちゃうし……」
 寂しさもあって、反射的に唇を尖らせてしまう。拗ねた感じになっても、両親はともに葉月を叱ったりはしなかった。特に高木春道は、意味ありげにニヤリとする。
「本当に仲が良い友人との関係は、会う回数が減ったくらじゃ変わらないもんさ」
 そうなのかなと言えば、すぐに母親の和葉も春道の言葉に同意した。「きっとすぐに、春道さんの言葉の意味がわかるわ」
「うーん……じゃあ、葉月、楽しみにしてるっ」
 両親の前ではそう言ったものの、この時はまだ意味をよく理解できていなかった。

 翌日になって通学路を歩いていると、待ちあわせてはいないのに、いつもの場所に友人の今井好美が立っていた。葉月の姿を見つけるなり微笑んで、こちらに歩いてくる。
「一緒に学校へ行こう」
「えっ……う、うんっ」
 もともと葉月は、ひとりで登校していた。今井好美と仲良くなった頃から、事前に待ち合わせをしたり、互いの家へ迎えに行ったりなどをして一緒に通うようになった。そのうちに約束をしていなくとも、通学路の同じ場所で顔を合わせるようになった。
 それもクラス替えによって終わると思った。正確にいえば、葉月が勝手に思い込んだ。けれど今井好美は、いつもの場所にいた。別の学級になる前と、変わらない笑顔で接してくれた。それが何より嬉しかった。
「昨日は残念だったね。同じクラスになれればよかったのに。実希子ちゃんも柚ちゃんも、寂しがっていたよ。ついでに仲町君も」
「実希子ちゃんや柚ちゃんはわかるけど、どうして仲町君?」
「そうよね。私も不思議なの」クスクス笑いながら、今井好美が言った。
 これまでと変わらないように雑談をしながら歩いていると、途中から珍しい人物が合流した。おはようと通学路で声をかけてきた佐々木実希子の姿に、今井好美が驚いて目を丸くする。
「今日は遠足でも運動会でもないわよ。一体何と間違えたの?」
「失礼なこと言うな。アタシだって、早起きくらいするよ」
 今井好美と佐々木実希子のやりとりにアハハと笑っていたら、今度は室戸柚もやってきた。「おはよう。皆、早いわね」
 上品な挨拶のあとで、自然な動作でグループに加わる。皆も当たり前のように受け入れて、4人での登校になる。話してる内容は普段とほとんど変わりないけど、妙に新鮮に感じたのが不思議だった。

 新学期になって日にちが経過するたびに、新しい友人とも仲良くなる。教室の中で雑談をする生徒も増え、クラス替えをする前みたいに楽しく過ごせるようになった。
 それでも朝は特別な事情がない限り、今井好美と一緒に登校した。友達に新しいも古いも関係ない。最近になって、ようやく父親の高木春道が教えてくれた言葉の意味がわかってきた。
 クラスが違えば、授業時間も異なる。そのため、そろばんなどを忘れた佐々木実希子が借りに来る機会が増えた。話があれば今井好美や室戸柚も葉月のクラスに来るし、こちらから相手の教室へ行ったりもする。こまめに雑談できなくなったのは少し寂しいが、その分だけ交友の輪も広がった。
 学校が終われば、部活に入ってない葉月はすぐに帰宅する。仲良くなった同じクラスの子と遊んだりもするが、機会はさほど多くなかった。
 真っ直ぐに帰宅してもよかったが、その前に少しだけのんびりしようと、今井好美らとよく遊んだ公園でブランコにひとりで座る。今は他に利用してる人がいないので、誰かに気を遣う必要もない。ボーっとしながら前後に揺られていると、隣からキイと独特の音が聞こえた。
 2つ並んでるブランコのもうひとつに誰かが乗ったんだと理解し、隣を見る。すると、そこには葉月と同じようにブランコへ座っている今井好美がいた。「ウフフ。葉月ちゃん、来てたんだね」
「あれ、好美ちゃん。どうしたのー?」
「なんとなく、公園でのんびりしたくなったの。葉月ちゃんは?」
「葉月も好美ちゃんと同じー。えへへ、なんだか変な感じだねー」
 そう言って2人で笑う。今井好美が自分と同じ気持ちだったとわかっただけで、とても幸せな気分になる。
「せっかくだから、葉月と……って、えっ、ええっ?」
 一緒に遊ぼうと今井好美を誘おうとしたら、急に葉月が乗っているブランコが後ろに引っ張られた。驚いて振り向くと、満面の笑みを浮かべた佐々木実希子が悪戯をしている最中だった。「あ、バレた」
「そんな真似をしたら、気づかれるのは当たり前でしょう。実希子ちゃんは変わらないわよね」
 そう言ってため息をついたのは、これまたいつの間にか公園に来ていた室戸柚だった。皆で集まろうなんて言った覚えはないのに、気がつけば全員が慣れ親しんだこの公園に集結した。楽しそうな笑い声が辺りに木霊す中、葉月も心からの笑顔を浮かべていた。

 続く

面白かったら一言感想頂けると嬉しいです。

 



小説トップページ ・ 目次へ ・ 前へ ・ 次へ