その後の愛すべき不思議な家族

   40

 見覚えのあるリビングへ案内されたあと、ソファへ座った春道たちに、小石川祐子がお茶を出してくれる。
 すでに一緒に住んでいるのか、どこに何があるのかは全部わかってるみたいだった。
「ありがとうございます」
 素直にお礼を言って、カップに口をつけた和葉へ、小石川祐子が「気にしないでください」と告げる。
「和葉さんのだけ、特製の毒入りティーですから」
「――っ!? ごほっ、ごほっ!」
 咳き込む和葉を眺めながら、悪戯っぽく小石川祐子が笑う。一方では、母親と同じようにお茶を飲んでいた葉月が慌てている。
「どうしよう、パパ。葉月、毒入り、飲んじゃった」
 もしかしたら毒って何? なんて質問が飛んでくるかと思いきや、さすがにそのぐらいの知識は有していた。
 本か何かで知ったのだろうが、実際にはどういうものかわからない。ゆえに、必要以上に慌てている。
「大丈夫よ。葉月ちゃんのには、入っていないから」
「ほ、本当?」
「ええ。私と春道さんの娘になる子に、そんな真似はしないわ。邪魔なのは、そこにいる女狐だけですもの」
 さらりと、とんでもないことを口走る小石川祐子を、何故か夫になる予定の戸高泰宏が微笑ましそうに見つめている。
「……女狐は貴女でしょう。勝手な願望及び妄想を垂れ流さないでください。世の中に悪影響を及ぼします」
 慌ててキッチンへ行き、飲みかけていたお茶を処理してきた和葉が、元の位置に座りながら小石川祐子を睨みつける。
「そんな怖い顔をしないでください。冗談に決まってるじゃないですか。そうそう簡単に、毒なんて手に入りませんよ」
「……人の妻になる身であるなら、下手な冗談は控えた方がよろしいと思いますが」
「そうします。これからよろしくお願いしますね、春道さん――いいえ、あ・な・た」
 流し目を向けられたところで、どのような反応をするべきか、春道には決められなかった。
 息を潜めて嵐が通り過ぎるのを待とうとしてるのに、容赦なく一直線にこちらへ向かってくる。
「パパ、先生と結婚するのー?」
 対処方法を思案している最中に、愛娘がきょとんとした顔でとんでもない質問をしてきた。
 瞬間的に和葉のこめかみに血管が浮かび、凄まじい形相と視線が春道にプレゼントされる。
「そうよ。これからよろしくね、葉月ちゃん。遠慮しないで、ママって呼んでいいのよ」
 よせばいいのに、火に油を注ぎ続ける女がひとり。煮え滾ったマグマのごとき怒りが、愛妻の中で渦巻いてるのがわかる。
 怯える春道の切なる願いが通じたのか、なんとか大噴火だけは免れた。
 その代わりに、身もすくむような視線が小石川祐子へ注がれる。
「……冗談ではなかったのですか?」
「え? 冗談なのは毒入りのとこだけですよ。嫌ですわ。うふふ」
 笑い合う女二人は、笑ってない目で互いを睨むように見つめ合っている。
 なんともいえぬ迫力に現場がピリピリする。とんでもないところに来てしまったと、先ほどから春道は後悔の連発だった。
「兄さんはなんとも思わないのですか?」
 次に矛先が向けられたのは、戸高泰宏だった。
 本来なら最初に非難されてもおかしくないような気もするが、下手に口を挟むとやぶ蛇になりそうなので、黙って春道は愛娘と一緒に事の成り行きを見守る。
「まあ、春道君を好きだというのは、聞いているからね」
 あっけらかんと笑う戸高泰宏に、すかさず和葉が「そういう問題ではありません」と声を張り上げた。
「そうですよ、泰宏さん。あまりからかうと、妹さんがかわいそうです」
 頭を抱える和葉のすぐ側で、いけしゃあしゃあとそんな台詞を口にしたのは、あろうことか話をここまでややこしくした張本人だった。
 小石川祐子の発言に絶句する和葉を尻目に、戸高泰宏は「そうだね」と頷きながら応じる。
「……もう、結構です」
 さしもの和葉も、文句を言う気力をなくし、疲れ果てた様子でそう呟くしかなかった。

 結局のところ、小石川祐子の一連の言動は、和葉をからかって遊ぶのが目的のようだった。
 当初は相変わらず春道に情念を抱いてるのかと思ったが、以前とは少し様子が違うのでおかしいとは思っていた。
「……兄さん。結婚を思い直すのであれば、今のうちですよ」
 妹の心からの忠告を、実の兄である戸高泰宏が「ははは」と笑い飛ばす。どうやら、そのつもりは微塵もないみたいである。
「まあ、酷い。いくらなんでも、あんまりです。和葉さん、お義姉さんに謝ってください」
 ピクっと耳を反応させる和葉と、意味ありげにニヤリとする小石川祐子。その隣で戸高泰宏が、ポンと両手を叩いた。
「そうか。俺が結婚したら、祐子は和葉のお義姉さんになるのか」
「ええ、そのとおりです。今から予行練習といきましょうか。さあ、お義姉さんと呼んでください」
 言われてみれば、そのとおりだ。兄嫁は必然的に義理の姉となる。
 和葉が年上であっても、それは変わらない。だが、素直に呼ぶはずがなかった。
 小石川祐子はそれをわかってる上で、あえてさっきの台詞を言ったのである。
「妹として、今回の結婚には、断固反対させていただきます」
 キッパリと言い放った妹に対して、戸高泰宏は「いいのか?」とこちらも何やら意味ありげに尋ねた。
「いいのか……とは、一体何がでしょうか」
「俺との結婚が破談になれば、祐子はまた春道君に手を出そうとするんじゃないか。今は誘いを断れていても、先々はどうなるかわからないぞ」
 しれっと爆弾発言をするあたり、戸高泰宏と小石川祐子は似た者同士かもしれない。再び巻き込まれた春道は、滅相もないと勢いよく首を左右に振り続ける。
 視線の先には、当然のごとく、強烈な威圧感を放つ愛妻がいた。
「まあ、冗談はさておいて、二人で決めたんだ。和葉も納得してくれ」
 二人とも成人した男女である以上、互いの同意があれば誰の承諾も必要なかった。
「どうやら、本気みたいですね。それにしても、いつから……ああ、もしかして、葉月の件で電話をしてきた時ですか?」
 和葉には思い当たるふしがあるみたいだったが、春道にはない。どういうことか質問すると、少し前に戸高泰宏が家へ電話をかけてきたらしかった。
 その際に葉月の通う学校や担任の教師、加えて何か問題があったかまで尋ねられたという。すべてを話す必要もないが、隠す理由もないので、差し障りのない範囲で説明した。
 和葉の話を聞いて、春道も納得する。その頃には、もう二人は知り合っていたのだろう。そうでなければ、戸高泰宏がそうした質問をしてくる意図が不明だった。
「あの時は助かったよ。こっちも、なかなかに切羽詰まっていたものでね」
 戸高泰宏の隣で、小石川祐子が少しだけ罰の悪そうな顔をする。
 今でこそ普通に話しているが、出会った当初はあまり良い感情を持っていなかった。
 それは葉月のいじめ問題に由来する。解決が困難だったとはいえ、努力するどころか加担するような態度を見てしまった。
 もっとも当人の葉月がもう気にしてないみたいなので、春道もその時の感情を心の奥深くにしまって、出てこないように蓋をしている。
「色々とあったけど、もともと結婚を前提にした出会いだったから、すぐに籍を入れることに決めたんだ」
 結婚を前提にした出会いというのが、いまいち意味がわからないものの、とりあえずは春道も理解したふりをして頷いておく。下手に質問して、また厄介な事態に発展するのだけはごめんだった。
「ところで……小石川さんは、兄さんのどのようなところを気に入ったのですか?」

「いやだわ、お義姉さんと――ああ、気に入った点ですか」
 これまでどおりにからかおうとしたまではいいが、途中で和葉の無言の迫力に撃退されていた。
 傍目でわかるぐらい和葉の視線には強烈な意思が込められており、これ以上のおふざけはごめんですと瞳で如実に語っていた。
「つかみどころのない性格……ですかね。よくわからないうちに、惹かれてました」
 なんとも的を射ない発言に、和葉が訝しげに流麗な眉をしかめる。
 家屋自体は古くても、家自体に歴史がある。田舎ではあるが、土地も持っている。
 名家の当代ということで、グループ企業の社長も務めている。
 大金持ちとまではないかなくとも、望めば政治家になれるぐらいの財産とコネもある。
 そうした資産を目当てに近づいてくる輩は、老若男女を問わずに必ず存在する。
 ひょっとしたら、小石川祐子もその類ではないかと疑っているのだ。だが、妹の思考を読んだかのごとく、戸高泰宏は大きく笑った。
「変な心配はいらないよ。何せ、祐子が俺の本当の家だと知ったのも、つい最近だからね」
 戸高泰宏は自身の立場を、口うるさく言われるまでもなく、重々承知していた。
 ゆえに家へ招待した際には、他のあまり見栄えがよろしくない家を借りて利用したみたいだった。
 財産のことなど何ひとつ知らなくても、小石川祐子は戸高泰宏との結婚を承諾した。
 それがわかっただけでも充分。戸高泰宏は、満面の笑みでそう語った。
「なるほど。お金が目的ではない……ということですね」
「もちろんです。私の目的は他にあります」
 断言した小石川祐子に、一同の視線が集中する。
「泰宏さんと結婚すれば、必然的に春道さんと接する機会も増えます。そうすると、一挙両得のチャンスが生まれるではありませんか」
 小石川祐子のおよそまともでない宣言を聞いた直後、スっと和葉が立ち上がった。
「わかりました。とりあえず、この女を埋めてきます」
 冗談だと理解していながらも、あまりに目が笑ってないので、さすがの春道も不安になる。
 だがこの場には、空気を一切読まない最強の人物が存在した。その名も、戸高泰宏である。
「相変わらず、和葉は焼きもち焼きだな。春道君も大変だろう」
 焼きもち、言い換えれば嫉妬。戸高泰宏の発言に、春道は「そ、そんなことは……」と慌てて否定する。
 しかし側にいる娘は、しっかりと春道の内心を読み取っていた。
「なんか、パパ……嬉しそうだね」
「え? あ……その……まあ、何だ……」
 思わず照れる春道がチラリと愛妻を見ると、和葉もまた顔を真っ赤にしていた。
 何も言えなくなった妻はソファへ座り直し、コホンとひとつ咳払いをする。
「それで……結婚の報告をするため、わざわざ私たちだけ残したのですか?」
 和葉の口ぶりは、まだ他に何かあるのではないかという感じだった。
「ああ、そうだ。肝心な話を忘れていた」
 さすがは兄妹というべきか、本当に結婚報告以外の話が存在するようである。
「俺と祐子は正式に結婚する。そうなれば当然、式も行う」
 最近では結婚式を行わない夫婦も増えているみたいだが、未だ地域の繋がりが強い田舎地方では、そういうわけにもいかないらしい。特に戸高泰宏は、こう見えても代々続く名家の当主なのだ。
「そこで……ついでといったら失礼かもしれないが、お前たちも合同で式をしないか?」
「私たちも……ですか?」
 いきなりの提案に戸惑いながら、和葉はどうしましょうと言いたげな視線を春道へ向けてきた。


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