その後の愛すべき不思議な家族

   11

 ルートは日中も通った遊歩道なのだが、そこに夜の闇が加わるだけで、かくも恐ろしげなお化け屋敷の出来上がりだった。細工などされてなくても、気の弱い人間を恐怖させるには、充分すぎる破壊力である。
 先に出発した親友の今井好美を思えば、葉月は少し心配になってしまう。もっといえば、自分以外の誰かのことを考えていた方が、気がまぎれるのだ。何せ隣を歩いてるのは、かつてのいじめっ子である仲町和也だった。
 相手の謝罪により、一応は解決してるものの心境はまだ複雑なままだ。とことこと歩いてるだけで、どうしても顔が俯き加減になってしまう。その仕草を、相手はまたもや葉月が怖がってると理解したみたいだった。
「別にこんなの何でもないだろ。驚かすのは先生だけだって言うしな。そんなにビクビクしてなくても、大丈夫だって」
「う、うん……」
 何気に返事をすると、仲町和也はにかっと笑って力こぶを作った。自分の勇猛さをアピールしつつ「何かあったら、助けてやるよ」と告げてくる。
 最初は自分の気持ちを考えるのに精一杯で、周囲の状況にまで気がまわらなかった。けれどよくよく考えてみれば、先ほどから仲町和也は、同じような台詞を幾度となく葉月にかけてくれていた。
 もしかしなくても、怖がってる葉月を励まそうとしてくれてるのだ。それが勘違いだと気づかずに、仲町和也はとても一生懸命だった。ぶっきらぼうに感じられるのは、言葉をうまく使って話すのが苦手だからかもしれない。
 そんなふうに考えると、急速に相手へ抱いていた恐怖心が薄らいでいく。それと同時に、思い違いをしたままの仲町和也が、どことなく可笑しく感じられた。
「俺……何か、面白いことでも言ったか?」
 ふと気づくと、不思議そうに相手は葉月の顔を下から覗きこんでいた。自分でも知らないうちに、うっかり笑ってしまっていたらしい。本当は怖がってなかったのかよ。そう言って怒られるかと思いきや、仲町和也は「ま、いいか」と豪快に笑った。
 こうして見てるぶんには、とても率先して他人をいじめたがるようなタイプには思えない。何か事情があったのではないか。何故だか葉月はそう思った。もやもやした気分を抱えこんでいても仕方ないので、ストレートに聞いてみる。
「仲町君は、何で葉月をいじめてたのー」
 あまりに直球すぎたのか、仲町和也はいきなり吹きだしてしまった。ゴホゴホと咳きこんだあとで「な、何だよ、いきなり」と大慌てで葉月を見てくる。
「ごめんね。でも、気になったから」
「そ、そうか。ま、まあ、いいじゃんか。謝ったし、もういじめるつもりなんてないからさ。き、気にすんなよ」
 どもりまくりの台詞を返されて、気にするなという方が無理だった。それでなくても、葉月は好奇心旺盛なタイプなのだ。悩むよりも直進する。それだけを胸に行動し続け、家族の問題も無事に解決した。成功例があるだけに、より躊躇いは少なかった。
「わかってるけど、気になるんだもん。お願いだから、教えてよー」
 なおも葉月がしつこく食い下がると、相手は「でもなぁ……」と呟きながら赤面してしまった。お互いに立ち止まって見合うこと数秒。意を決したように、仲町和也が口を開こうとする。その時だった。
「き、きゃあァァァ! だ、誰かァ!!」
 助けを呼ぶ女子の声が、闇夜を切り裂いて葉月たちのもとまで届いてきたのである。ただならぬ気配を察した仲町和也は、照れ臭そうだった顔を瞬間的に切り替えた。
「俺が様子を見てくるから、松島――じゃなかった。高木はここにいろよ。で、もし先生の誰かがここを通りかかったら、さっきの悲鳴のことを伝えてくれ」
 葉月も悲鳴の主が誰なのか気になったが、真顔でそんな台詞を言われれば「わかった」と答えるしかない。
「気をつけてね」
 声の発生源であろう方向へ、今にも走り出そうとしている背中に、思わずそんな言葉をかけていた。仲町和也は一度だけ振り向き、素早く頷いたあとでその身を闇の中へ溶けこませていく。こうして、葉月だけがこの場に取り残された。
 不思議と心細さは感じなかった。誰かは知らないが、とにかく悲鳴の主が無事であることを祈っていた。仲町和也に言われたとおり、じっとその場で待つ。すると、ほどなくして足音が葉月のもとへ近づいてきた。
「貴女……何で、ここにいるの」
 やってきたのは肝試しのペアを組んでいた男子ではなく、室戸柚だった。葉月を見るなり、不機嫌そうな顔をする。同級生なのだから、同じイベントに参加してるはずだが、パートナーの姿は見えない。
 何て言ったらいいのかわからず、黙ったままの葉月に対して、室戸柚もまた無言でこちらを見ている。わずか数秒ぐらいの時間の流れが、とても遅く感じられた。
「……そう言えば貴女、仲町君とペアじゃなかったっけ……」
 いつもの室戸柚に比べると、小さめの声でそんな質問をしてきた。葉月は相手のパートナーを覚えてないのに、よくそこまで見ていたものだ。それだけ気に入らない存在なのだろうか。そういう結論が頭に浮かぶと、なんだかとても切なくなる。
「そうだよー。どっか行っちゃったけど」
 無視するのもどうかと思うので、一応回答を渡しておく。すると想像以上に驚いた様子で、相手は「どこへ!?」とペアの男子の居場所を尋ねてきた。教えてあげたいところだが、生憎と詳しい所在は葉月にもわからない。
 先ほどの悲鳴と、仲町和也の行動について、葉月なりに詳しく室戸柚へ説明する。意外にも相手は黙って事情を聞き続け、最後に「だからか……」と呟いた。
「何が、だからなのー?」
 相手の言葉に疑問を覚えた葉月は、単純に聞いてみた。いつものとおりの「貴女には関係ないわ」という展開にはならず、普通の友人へ接するような感じで、今度は室戸柚が事情を説明してくれる。
「私とペアを組んだ男の子が、いきなり泣きそうな顔でスタート地点の方へ逃げだしてしまったのよ。考え事をしてたから気づかなかったけど、きっとその悲鳴を彼も聞いたのね。だからといって……情けない」
 ため息交じりに、すでにいなくなってしまった男子に呆れている。その後、思い直したように「でも、さすが仲町君よね」と口にした。周囲は暗く、ペアに一本しか渡されない懐中電灯は仲町和也が持っていってしまっている。
 なので確証はないが、それでも葉月の目には室戸柚が頬を赤らめてるように見えた。何で照れてるんだろうと思っていると、急に視線がこちらへ向けられる。
「って、そんなことより追いかけなくていいの!? 仲町君に何かあったらどうするのよ。急いで助けに行くわよ!」
 表情は真剣そのもので、どこか焦っているような感じもする。せっかくの協力要請だったが、葉月は拒否するべく首を左右に振った。不機嫌モード全開になる室戸柚だったが、断ったのにはきちんとした理由がある。
「明かりもないのに、勝手に動いたら危険だよ。葉月たちが迷子になっちゃったら、仲町君だけじゃなくて、先生たちにも迷惑をかけちゃうもん」
 葉月だけじゃなく、室戸柚も懐中電灯を持っていなかった。恐らく逃げたという男子生徒が、所持していたに違いない。要するに二人揃って、足元を照らす道具を持っていないことになる。
 そのおかげでだいぶ目が慣れて、夜の闇の中でもある程度は周囲の状況を確認できるようになっている。とはいえ、日中並みのレベルで事前に危険を察知するのは難しい。安全な歩道を肝試しのルートに選んではいても、あくまでここは山の一部なのである。
 以上の点を説明すると、怒りの炎を消火してくれた室戸柚が「貴女、こんな状況なのにずいぶん冷静なのね」と感心してくれた。二人で仲町和也の帰還を待とうという結論になり、並んでその場に立ち続ける。
 やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、普段は嫌ってる相手にもかかわらず、室戸柚は会話をしようと口を開いた。葉月も現場の重苦しい空気が嫌だったので、まさに渡りに船の状況で即座に応じる。
「貴女……仲町君のことを、どう思っているのかしら」
 渡された台詞は、まったく予想してないものだった。葉月の答えはひとつしかないのだが、何故だか相手は緊張しきっている。表情がはっきり見えなくても、伝わってくる雰囲気でそれだけはわかった。
「仲町君はお友達だよー」
 以前はいじめられていたが、現在ではそんなこともない。今夜も励ましてくれたりなど、様々な面で葉月を助けようと尽力してくれている。過去のわだかまりを捨てて、普通の友人として接するべきだ。室戸柚の質問に答えつつ、改めてそう思った。
 だが相手はこの答えに納得してないのか、不満そうな、それでいて複雑そうな感じで「そう……そうよね……」と呟いた。それきり、また沈黙が二人の間に訪れる。葉月から話しかけてもよかったが、何かを室戸柚が言いたそうな空気を放出してるのだ。
 敏感に察知した葉月は、黙って相手が話し始めるのを待つ。やがてふんぎりがついたのか、閉じていた口をようやく室戸柚が再度開いた。
「貴女……好きな男の子って……いる?」
 ポツリと呟かれた質問に、葉月は元気な声で即答する。
「うんっ!」
 あまりの反応のよさに戸惑いながらも、室戸柚はその人物の名前を異様に知りたがった。別に隠す必要もないので、躊躇いなくきっぱりと告げる。
「葉月が好きなのはパパだよー」
「……は?」
 満面の笑みを浮かべる葉月に対して、何故か室戸柚は怪訝そうな顔をする。無言の思考タイムを数秒とったあとで、コホンと小さく咳払いをした。その上で、もう一度質問をしてくる。
「それじゃあ……仲町君とかは……どう?」
「仲町君? だからお友達だよー」
 またまたやってくる沈黙。だが、今回はこれまでと若干種類が違うような気もする。その後、室戸柚から繰り返し好きな異性についての質問を受ける。だが何度問われても、葉月の答えは決して変わらない。
 そんなやりとりを繰り返してるうちに、やがて室戸柚は大きな声で笑い出した。何がおかしいのか、さっぱり理解できない葉月はどうして笑ってるのかを質問する。
「ごめんなさい。悪い意味ではないの。うふふ。貴女って、ただ自分に素直なだけなのね。私、ずっと勘違いしてたみたいだわ」
「勘違い? 何をー?」
「……仕草や言動、そのどれもが男の子たちの人気を――いえ、やっぱり止めておくわ。意識してた私が恥ずかしいだけだから」
 なおも葉月は理由が気になったものの、あまりに相手が楽しそうなので、どうでもいいかという結論に達した。一緒になって笑い、本来は静かであるはずの夜の山へ揃って声を響かせる。
「ねえ……今まで色々といじめてきたけど、よかったら許してくれないかな。私……貴女と――葉月ちゃんと仲良くしたいの」
 全員と友達になりたい。そう考える葉月にとって、相手の申し出は何よりも嬉しかった。迷わずに頷き、満面の笑顔で右手を差し出す。
「これからよろしくね、室戸さん」
「ええ」
 葉月の右手をしっかり握り返しながらも、室戸柚は「でも……」と言葉を繋げてきた。
「室戸さん――じゃなくて、柚ちゃんでいいわ。そう呼んでくれる?」
「うんっ! もちろんだよ、柚ちゃん」
 打ち解けた二人のもとへ、唐突にガサガサと何かが近づいてくる音がした。いきなりの展開だったので、葉月と柚はお互いの手を繋いだまま身構える。緊張がピークに達すると同時に、懐中電灯の光が周囲を照らした。


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