その後の愛すべき不思議な家族

   12

「あれ? 何で、室戸がここにいるんだよ」
 姿を現したのは、仲町和也だった。どうやら探索を終えて戻ってきたようである。ホッとして緊張が解けたところで、何があったのかを尋ねてみる。
「ああ、たいしたことじゃねえよ。今井の奴が、脅かし役の先生にビックリしただけだ。けど、あいつ……あんなに怖がりだったんだな。さすがに気の毒だってことで、今井のペアは途中棄権を許されてた」
「そうなんだー」
 返事をしつつ、葉月は安心する。今井好美の安否が若干気になるが、先生が一緒であれば問題はない。あとは自分たちが、このイベントをクリアするだけである。
 室戸柚と合流した理由も説明し、結局三人で葉月たちは肝試しを行った。人数が増えていたことに、本来脅かし役である教師がビックリするケースもあった。
 何はともあれ無事に終了し、スタートとゴール地点を兼ねている場所に戻ってきた葉月は、今井好美は佐々木実希子と合流した。一番の親友はよほど怖い目にあったのか、まだ半分泣いてるような状態だった。それをもうひとりの友人が慰めている。
 室戸柚と仲直りしたことを説明すると、今井好美と佐々木実希子は口々に「信じられない」と呟いた。だが経緯を教えてるうちに、二人は納得したような表情をした。
「……結局、嫉妬かよ」
「でもよかったこれで葉月ちゃんが、からまれたりすることもなくなると思うわ」
 二人は理解していても、葉月はどうして室戸柚と急に仲良くなれたのか、いまいち理由がよくわかっていない。そこらを聞いてみても、今井好美と佐々木実希子は揃って意味深な笑みを浮かべるだけだった。
 そんな時、一緒にゴールした仲町和也に葉月だけが呼び出される。何の用かはわからなかったが、過去のわだかまりも解消しているので、とりあえず不安は抱かずに済んだ。そして他の生徒たちとは、少し離れた場所に移動する。
「どうしたのー?」
「い、いや……その……だな。あー……た、高木は……好きな奴っているのか?」
 どこかで聞いた覚えのある質問だった。何故、皆そんなことを聞きたがるんだろうと思いつつ、葉月は自分の中で当たり前の回答を口にした。
「いるよー。葉月はね、パパが大好きなの」
 今頃、家で何をしてるだろうか。急に高木春道の顔が思い浮かんだ。
「パ、パパ……?」
「うんっ! そうだよ。あ、柚ちゃんが呼んでるみたいだから、行くねー」
「あ、ああ……」
 何故か呆然としている仲町和也をその場に残しつつ、今度は室戸柚がいる場所へと移動する。
「ごめんね、呼んじゃって。あの……さ、仲町君と何を話してたの?」
「え? うんとね……柚ちゃんと同じだよ」
「私と同じ?」
「うんっ。葉月の好きな人は誰? って聞かれたから――」
「「――パパ」」
 パパの二文字が、見事なくらい重なった。葉月の台詞に合わせて、室戸柚も同じ言葉を口にしたのだ。何だかとてもおかしくなって、葉月が笑いだす。すると、相手も心からの笑顔を浮かべた。
「でも……やっぱりだったわね……」
「えー? 何がやっぱりなのー?」
「ううん、何でもない。葉月ちゃんは、本当にパパが大好きなのね」
「うんっ! 大きくなったら結婚するのー」
 葉月がそう話した途端、背後でガタガタっと大きな音がした。振り向くと、そこには仲町和也がいた。どうしてか顔を引きつらせており、どこか落ち込んでるようにも見える。
 いつの間にか、葉月と同じ班のメンバーの今井好美たちも側へ来ていた。佐々木実希子なんかは「残念だったな」とニヤニヤしながら、仲町和也の背中を叩いている。
「うるせえよ。俺は諦めないからな」
「そうね……私も諦めないわ」
 言い返した仲町和也に、室戸柚も同調する。佐々木実希子が「青春だね」と笑い、今井好美が頷く。無言ではあるが、やはりどこか楽しげな雰囲気が漂っている。取り残された感が強まり、葉月は何が青春なのか友人に聞いてみる。
 親友たちは苦笑いをして何も答えず、仲町和也と室戸柚は同時にガックリとため息をついたのだった。

 山登りや肝試しで疲れていたのか、徹夜すると意気込んでいた班員たちはテントで寝袋に入るなり眠りについてしまった。最初から夜更かしするつもりのなかった葉月も同様である。
 今井好美や佐々木実希子もすぐに寝たらしく、誰ひとり遅れずに起床時間となると目を覚ましていた。揃って水飲み場で顔を洗って歯を磨く、朝食は先生たちが用意してくれたパンと牛乳だった。
 あとはとりたててイベントもなく、テントの撤収作業を全員で終えたら、バスに乗って学校へ戻るだけだった。明日は休みとなるのだが、林間学校の感想文が宿題として出されることになり、その説明を受けた朝食前は児童たちのブーイングに包まれていた。
 佐々木実希子も「こんな時ぐらい、宿題なんてなしでいいじゃんね」と愚痴っていたが、葉月は別に嫌じゃなかった。何せ書きたいことが山ほどある。つい数ヶ月前にはいじめられ、クラスで孤立していたのが嘘みたいだった。これもすべて高木春道のおかげである。
 朝食をとりおえ、全員での作業中、昨日の調理中みたいにからまれたりはしなかった。それどころか、先に終えた室戸柚たちが葉月を手伝ってくれた。最初は何か裏があるのではと警戒していた佐々木実希子も、作業後にはすっかり打ち解けていた。
 力仕事などは仲町和也たち男子がやってくれて、気づけば葉月の周囲にはクラスの半分以上が集まっていた。あまりにワイワイガヤガヤしすぎていたため、担任の女教師が収拾をつけるのにひと苦労する事態も発生した。
「何やかんやあったけど、楽しかったね」
 帰りのバスの中で、出発時と同じく隣に座っている今井好美が、そんなふうに声をかけてきた。頷く葉月の背後から、ひょっこりと佐々木実希子が顔を出してくる。
「だったらまたくる? 悲鳴上げに」
「……そうね。肝試し以外は、とつけるのを忘れていたわ」
 からかう実希子に、グッタリした様子で好美が答える。昨夜は肝試し中に悲鳴を上げ、多数の人間を慌てさせた張本人なのだ。たいした原因ではなく、単に怖がりすぎたゆえの結果だった。そのせいで、ほぼクラスの全員にからかわれるはめになった。
 とはいえ、いじめのようなものではなく、同情や慰めなども混ざっていたので、今井好美自身も深刻にとらえたりはしていない。むしろ、いつも以上に関心を持ってもらえて、嬉しいような申し訳ないようなという感じだった。
「葉月ちゃん、これ食べる」
 今度は横から声がかけられる。見れば、後部座席から、わざわざ葉月たちの場所まで室戸柚が遊びにきた。バスの中央に設置されている予備の椅子を使い、今井好美とは反対側の隣へ座る。
「ありがとー」
 スティック状のチョコレート菓子を貰い、もふもふと頬張る。代わりに残っていた自分のお菓子をあげると、相手もお礼を言いつつ受け取ってくれた。それがスタートとなり、男女問わずにお菓子の交換会が開催される。
「ちょっと、貴方たち」
 騒ぎを見かねたのか、クラスの児童たちが集まってる場所へ、通常前の席に座っている小石川裕子がやってきた。静かにしろと怒られるのかと思いきや、担任の女教師はにこっと笑顔を浮かべる。
「先生に、そのチョコクッキー頂戴」
 教師まで参加して、誰ひとり仲間はずれになることなく、全員でおおはしゃぎする。両親と離れて、単独で遠くへ泊まりに行く行事に不安を覚えたりしたが、林間学校へ参加して本当によかった。心の底から葉月はそう思った。
 忘れられない思い出を乗せ、仲間たちと楽しく笑いながら、バスは葉月たちの通う小学校へ向けて軽快に走り続ける。もうすぐ林間学校も終わりだ。窓の外を流れる景色が、徐々に見慣れたものへ戻りつつあった。

 バスは学校前で停まり、葉月たち児童は運転手にお礼の挨拶をしてから、ひとりずつ降りていく。次に向かう先は校庭だった。そこでクラス毎に別れ、担任と一緒に今日を締めくくって終わりとなる。
 何も難しいことではなく、単に各班全員揃ってるかなどを確認するだけだった。葉月たちの班は何も問題なく、他のクラスメートたちにかんしても同様だった。何故かひとりだけ、あまり元気のない仲町和也を仲の良い友人たちが慰めている。
「明日は休みか。何をしようかな」
 頭の後ろで両手を組みながら、佐々木実希子が呟いた。担任でもある女教師の小石川祐子が、色々注意事項を説明しているのに、聞く気はあまりないらしい。逆に今井好美はきちんとメモをとって聞いている。まったく正反対な態度だった。
 メモとるまではいかないが、葉月もきちんと聞いておく。女教師の話は、車に気をつけて帰るようになど、当たり前ともいえるものばかりだった。ものの五分もしないうちに帰りの挨拶は終了し、あとは解散となる。
「なあ、明日どっかに遊びに行かないか」
「遊びに……って、宿題はどうするの」
「そんなの夜にでもやればいいじゃん」
 真面目な今井好美の質問に、軽い感じで佐々木実希子が答える。葉月の記憶では、この男勝りな少女が、熱心に宿題をやってきていたケースをあまり見た覚えがない。最近では、もっぱら誰かに写させてもらってるケースが多い。
 さすがに感想文はそうもいかないだろうが、確かに丸一日かかるような宿題ではない。佐々木実希子が言うように、夜の間だけでなんとかなる。葉月も遊ぶのは好きなので、賛成に一票を投じる。
 こうなると今井好美も折れるしかなく、明日の休日は三人で遊びに行くことになった。公園でバドミントンをするのもいいだろうし、町の図書館で読書をするのもいい。漫画もある程度揃っているので、佐々木実希子も葉月たちと一緒にちょくちょく行っている。
 詳しい話は明日、佐々木実希子の家に集まってからしようということになり、とりあえず今日は解散となった。皆で一緒に帰ろうかという流れになりつつある中で、今井好美が「あれ、葉月ちゃんのお父さんじゃない?」と声をかけてきた。
 確かにグラウンドの隅にいたのは父親の高木春道で、その近くには愛車も見える。もしかしなくても、葉月を迎えに来てくれたのだ。パッと笑顔になる葉月へ、友人たちが「早く行きなよ」と言ってくれる。
 一緒に帰れなくなったのを謝罪してから、駆け足で高木春道のもとへ近寄っていく。すると、途中で仲町和也に遭遇した。葉月が目指している場所から、戻ってきたようにも見える。
「じゃ、じゃあな」
 顔を真っ赤にして、照れ臭そうな感じで帰りの挨拶をされる。すぐに「うん、じゃあねー」と葉月が応じる。何かを言いたそうに相手は口をもごもご動かしたが、結局何も言わずにそそくさと目の前から去っていった。
 遮るものが何もなくなったところで、葉月は一直線に大好きな父親へ向かって走っていく。相手もこちらに気づき、笑顔で軽く手を振ってくれた。
「パパ、ただいまー。迎えに来てくれたのー? あ、ママもいるー」
「うふふ。お帰りなさい、葉月」
 高木春道だけではなく、母親の和葉もそこに立っていた。見れば、他の生徒の両親も何組か我が子を迎えにきているみたいだった。
「ねえ、葉月。仲町和也君と仲がいいの?」
「んー……うんっ! 林間学校で仲良くなったの。他にも、色々な人と友達になれたんだよ。でもね、なんか変なのー。葉月ちゃんは誰が好き? って、皆が聞いてくるんだよ」
 葉月の話を聞いた両親が、事前に打ち合わせでもしてたみたいに、絶妙のタイミングで顔を見合わせる。そのあとで和葉が「葉月はなんて答えたの?」と聞いてきた。
「もちろん、パパって答えたよー」
「なるほど。それでか……」
 葉月の回答に、後頭部を指先でポリポリ掻きながら、高木春道は苦笑いを浮かべて呟いた。一体何が「なるほど」なのか、当然のことながらわからないので尋ねてみる。
「葉月が人気者で、ママは鼻が高いわ」
 代わりに母親が答えてくれたものの、やはり納得するにはいたらない。けれど、葉月はとにかく早く自宅に戻って、林間学校での出来事を色々話したかった。疑問を追及することなく、高木春道に「早く帰ろうよー」と催促する。
「そうだな。帰るか」
 父親は頷き、葉月のためにドアを開けてくれる。後部座席へ乗り込んだあとで、母親の和葉が助手席に座る。最後に高木春道が運転席へついて、ハンドルを握った。甲高いマフラー音が響き、車が発進する。
 何の話からしようかな。葉月の頭の中では、家族揃って食事をしながら、楽しく会話をしてるシーンが早くも上映され始めていた。


面白かったら一言感想頂けると嬉しいです。



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